機動戦士ガンダムAfterwar~戦後の戦士たち~
【第二十話】ジャブロー
宇宙世紀0081年1月7日1時
シンジとストームブリンガーを乗せたHLVは定刻通りに地球の重力圏まで接近していた。もう地球は目の前だ。
地球で言う深夜の時間帯だが、シンジは睡眠時間を調節してこの時間は起きていた。
宇宙世紀と言えども大気圏突入はそう何度も経験する物ではない。やはりその光景は目に焼き付けたいものだ。
窓からはアメリカ大陸を見ることができた。ジャブローは南米大陸にある。ここから地球を一周して落下軌道に乗って大気圏に突入する。あと一時間くらいだ。
「間も無く大気圏に突入します。案内がありましたらシートベルトを着けてください」
搭乗してから案内や話し相手になってくれていた輸送班の上等兵が声をかけてくれた。
「眠っちゃうといけないから、もう着けとくよ」
冗談混じりて笑いながらベルトを着けると、上等兵も笑いながら
「お願いします。トイレも今のうちに」
と返した。
窓を見るとアメリカ大陸は見えなくなり海が広がっていた。
「太平洋か?」
シンジはボソッと独り言を言った。
こんなに間近で地球を見ることも滅多にない。地球の美しさ、大きさを改めて実感する。
気付けば地球にどんどん近づいている。間も無く大気圏突入だ。
今まで何度も戦地を潜り抜けたシンジだが、大気圏突入となると別の緊張感がある。
「本船は間も無く大気圏に突入します。シートベルトの着用を確認してください」
船内にアナウンスが流れた。
いよいよだ。船内は既に重力を感じるようになってきた。
窓のシャッターが閉まると徐々に船体が揺れ始めた。
突入から突破まで約30分ほどこの揺れが続く。決して気持ちがいいものではないが地球に降下していると思えば気分も高まる。
目をつむって揺れが収まるのを待った。
そして揺れが徐々に収まってくると窓のシャッターが開いた。
自然の景色が目の前に広がっている。これを見て感動しない人間はいないだろう。例えスペースノイドやルナリアンであっても、地球に降りて大地を踏まないで死ねる人間などいない。
地球はやはり人類にとって故郷なのだ。
全身に重力を感じる。コロニーやルナツーのような擬似的な重量とは違う。高度が高いため完全な1Gではないが、これが大地の重力だ。
HLVは姿勢を整え減速を始めた。
7時
HLVはジャブローへの着陸体勢に入った。
南米大陸の熱帯雨林地帯の地底深くにそびえる地球連邦軍最大の基地であるジャブローは強固な地盤で覆われており、巨大な基地であるにも関わらずメインゲートの場所は知られておらず、長く秘密基地的な存在となっていた。
それが一年戦争でジオンの特殊部隊によって発見されはしたが、ジャブローのとてつもない規模の大きさから、難攻不落の基地であることに揺らぎはなかった。
そんな地下基地であるジャブローのHLV着地場のゲートは陸地がスライドすることで現れ、シンジが乗ったHLVは着陸した。
機首部が上を向いて着地する構造のため、重力圏での乗り降りはそれなりの苦労がある。
しかも宇宙から降りてきたばかりの体ではかなり堪える。
輸送班の乗組員は慣れた動きをしているが、シンジはそうはいかなかった。
上等兵の手を借り肩を借り搭乗ゲートまで辿り着いた。手荷物も持ってくれた。
「中尉殿、お疲れ様でした」
上等兵は100%の敬礼をしてきた。
シンジはまだ腰が重かったため軽く敬礼で返した。
「ありがとう、これからも頑張ってくれ」
「こちらこそありがとうございました。中尉殿のますますのご活躍、期待しています」
シンジはこの上等兵にはかなり世話になったため、滅多にしない握手で返した。
搭乗ゲートからエレベーターまで歩くのだが、全身に重力をヒシヒシと感じていた。
エレベーターに乗り込みこのエリアの「一階」に降りた。
エレベーターのドアが開くと、そこには懐かしい顔の男が立っていた。
「中尉殿お疲れ様でした」
「アンディ、久しぶりだな」
「はい、ご無沙汰しております。またお会いできて光栄です」
彼はアンドリュー・スパイク、階級は軍曹。大戦時にシンジが少しだけジャブローに滞在していた時があり、その時の付き人的存在だったのが彼だ。シンジのように彼を親しみを持ってアンディと呼ぶ人間も多い。
歳は23とシンジより年上だが、シンジの方が階級が上だ。
「また生きて会うことができて嬉しいよ。また俺のマネージャーなんだろ?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「それと、中尉昇進おめでとうございます」
アンディは満面の笑みだ。
「ありがとう」
また握手をした。地球に降りると握手をするものなのか?
「こちらです」
アンディが手を向けた先に一台のエレカが止まっていた。
二人はエレカに乗り込み、アンディの運転で出発した。
「まだ何も聞かされてないんだけど、この後はどうすればいいんだ?」
「一旦宿舎まで案内します。そこでこれからの大まかなスケジュールをお話しします」
「やっぱり秘密主義か」
シンジは両手を頭に回して右足を組んで、天井を見上げてボソッと言った。
まだ軍エリア内のため、無骨な天井な続いている。
この景色だけだとルナツーと変わらない。せっかくの地球なのに空が見れないのは何とも寂しい。
「申し訳ないです。自分もスケジュールしか聞かされておらず、中尉が何故呼ばれたのまでは聞かされておりません」
アンディは運転しているためシンジに顔を向けることはできないが、申し訳なさそうな表情が滲み出ていた。
「あ、いや、別にアンディを責めている訳じゃないからな…」
シンジは軍に対する愚痴をこぼしそうになったが、このエレカの会話も盗聴なり録音なりされている可能性があるため控えた。
約一年振りに再会した二人は、軍とは関係ないプライベートの話題で盛り上がった。
軍エリアのゲートを抜けるとそこからは民間エリアになり、途端に華やかになる。天井もマッピングではあるものの青空が広がっている。夜には星空になるのもルナツーと同じだ。
そこから車で20分程走ったところに、巨大なマンション群が見えてきた。
「今回は結構遠いんだな」
「はい、なので自分が送り迎えさせてもらいます」
すまない、と言おうとしたが、それが彼に与えられた任務だ。
「よろしく頼む」
シンジは大人の返事をした。
駐車場にエレカを停めると、アンディは5階のシンジの部屋に案内した。
エレベーターの中でシンジは
「また5階か」
と呟いた。
「はい?」
アンディは聞き返した。
「いや、ルナツーの自宅が5階だったから」
「そうだったんですね」
5階に着くと、左端がシンジの部屋だ。
「まずはセキュリティの登録をお願います」
指紋と虹彩(瞳の模様)による認証登録を行った。
「オッケーです。ではどうぞ」
シンジの認証によりロックを解除し部屋に入った。
これでもかという部屋の広さに、返って落ち着かない。相変わらず無駄に広い連邦のマンションだ。
まずは簡単に暮らしについての話を聞いた。
本当に簡単な話で、生活は簡単だという説明だった。
ルナツー同様全てが至れり尽せりだ。
生活の説明の次はスケジュールだ。
「ひとまず今日はこちらでゆっくりしてください。明日の朝9時に迎えに上がります。10時からコーウェン将軍とのブリーフィングです」
「ん?終わり?」
「はい」
「それだけ?」
「はい。詳しい話は明日のブリーフィングでするそうです」
「ふぅ」
ソファに座っていたシンジは大きく息を吐いて背もたれにもたれ掛かった。
「分かった、ありがとう。今日はゆっくり休ませてもらうよ」
「はい。では、明日の朝9時に」
「了解だ」
アンディは頭を下げてシンジの部屋を出て行った。
部屋は全てが整えられており、ベッドメイクも完璧だ。部屋の状態はルナツー以上だ。
「本当に落ち着かないな…」
シンジはキッチンにあったコーヒーメーカーでコーヒーを作った。
コーヒーには少しこだわりがある。本場ブラジル産の豆はコーヒー通にはたまらない。
もちろんブラックだ。
ゆっくり蒸らしながらドリップしていると部屋中にコーヒーのフレーバーが広がる。
地球に降りて早々こんな良いコーヒーを口にする事ができて、シンジは至福の時を過ごしていた。
【第二十一話】ジョン・コーウェン に続く。
2021年1月15日12時更新予定
【注記】この物語はフィクションであり非公式です。また、公式には出てこない機体も登場したり、一部独自の設定があるなど、パラレルワールド的な物語である事をご了承ください。