機動戦士ガンダムAfterwar~戦後の戦士たち~
【第十七話】地球へ
ジオン残党によるコロニー落とし未遂(公式では事故によるコロニーの移動)から5ヶ月以上が過ぎたが、あの日以来ジオン残党によるテロ事件は一切行われなくなった。
連邦政府は、管理体制を強化したことに起因するとしているが、今回の一件はむしろジオンの再決起を促していて、更なる強化のための沈黙だと考える人も少なくない。
強化したのはあくまでも管理体制であり、監視は現状のままとしている。また、アルバトロス隊とペネディソン隊のアステロイド周辺の捜索活動も大幅に削減するよう指示が出た。コスト削減が理由だという。
強化されなかった監視の目をかいくぐって徐々に集結しているのは、サイド5の暗証宙域真っただ中に建設されつつある「茨の園」。
失敗してしまった第三次ブリティッシュ作戦を更に強化して、決起するその時を待っていた。
いつものように朝のブリーフィングを終えると、リックがシンジを呼んだ。
「シンジ少尉」
「はい」
「この後司令室に来てくれ」
「了解しました」
シンジは敬礼すると、リックはそのままブリーフィングルームを出て行ったため、隊員全員で敬礼して見送った。
「シンジ、何かあったの?」
アリスが聞いた。
「俺にも分からないよ」
シンジも少し困った様子だ。
「アレン隊長はご存じなんですか?」
今度はジョージだ。
「ああ。だが俺の口からは言えないから、指令と話しをしてからだ」
と言うとブリーフィングルームを出て行った。
他のメンバーも戸惑った様子だったが、とにかく指令の話を聞くしかない。
シンジは一人指令室に向かった。
トントン
指令室のドアをノックすると
「入りたまえ」
リックの声で返事があったので、ドアを開けた。
「失礼します」
シンジは敬礼しながら部屋に入ると、自席でパソコンを操作しているミックの横にキム・シン副指令もいた。
「掛けたまえ」
ミックは立ち上がると、一枚の紙を手にして、ちょっとした会議スペースにミックが座ったのを見て、シンジも座った。
キム・シンは立ったままだ。
「実はな、君に辞令が届いたんだ」
そう言うとミックは手にした紙をシンジに見せた。
宇宙世紀のこの時代、多くは電子ペーパーなのだが、最高機密や重要性が高い内容が記されたものは紙ベースで書かれている。
改ざんや複製ができなく、処分も至って簡単なためだ。
シンジも久しぶりに紙を見たが、「紙=自分の人生を大きく変えるもの」だということも分かっている。
「ジャブローのコーウェン将軍から直々のお達しだ。ここでは詳細を伝えることはできないが、年明けにモビルスーツの新たな開発計画が始まるらしい。君にはジャブローに降りてもらうことになった」
「ジャブローで新型機の開発ですか?」
「言っただろう、ここでは何も話せない。詳細は直接ジャブローのコーウェン将軍に聞くんだ」
リックは続けた。
「1月1日付で第802独立試験部隊に編入される。併せて中尉に昇進も決まっている」
さすがのシンジも戸惑いは隠せないが
「シンジ・アラタ少尉、1月1日付で中尉として第802独立試験部隊編入承知しました」
立ち上がり敬礼して転属を了承した。
リックもおもむろに立ち上がると、
「君が隊から離れるのは大変な痛手ではある。アレン大尉も大変残念がっていた。だがこれが君にとっては、軍人としても人間としても更なる飛躍となることは間違いない。これからの活躍を大いに期待しているぞ」
優秀な部下を手放すことは指揮官として残念な気持ちがあったことはリックの本音だった。だが軍の指示である以上それは絶対だ。
もちろんシンジもそのことは重々承知している。
転属先は生まれ故郷の地球だ。もちろん嬉しくない訳ではない。
だが一つだけ気がかりなことがある。
「この辞令はジャブローのコーウェン将軍に直接手渡さなければならない。無くしたり汚したりするんじゃないぞ」
「は」
「今後の詳しいスケジュールは追って連絡が来るはずだ。以上だ、下がりたまえ」
「は、失礼します」
シンジはリックとキム・シンに敬礼すると、指令室を出た。
真っ先に伝えたい人はいるが、上下関係が厳しい軍に所属しているため、順番を考えると次はシナプス大佐になる。
辞令を持ち歩くのも良く無いし、一度気持ちを落ち着かせようと、軍施設内の自分の自宅に戻った。
汚したり無くしたりするとまずい辞令を、重要書類にファイリングする。
まだ実感が湧かない。
やはりいつものメンバーやサラと話をしないとそうならないか。
ブラックコーヒーを一気に飲み干し、リサイクルボックスに間違いなく缶を捨て、シナプス大佐がいる総合観測室に向かった。
ホーネットの艦長ではあるが、出航しない時はここ総合観測室で指示を出している。
「コーウェン将軍とは面識はあるのかね?」
「はい、大戦中にジャブローで一度」
「見た目はあんな感じだが、とても部下思いの将軍だ。君はきっと将軍の期待に応えることができるだろう。逆に我々としては君を手放す事になる事は痛手だがな。コーウェン将軍の元で働けるなら気持ち良く送り出すことができるよ」
シナプスは大戦前からコーウェンの右腕として働いてきた。コーウェンの事をよく知る人物の一人だ。
コーウェンからの誘いだからこそ、シナプスもすんなり受け入れる事ができたのだろう。
「ありがとうございます。大佐からそのように言っていただいて大変光栄です。今までお世話になりました」
シンジは敬礼し
「うむ」」
シナプスも敬礼で返した。
「では、失礼します」
シンジは総合観測室を後にした。
あとはアルバトロス隊のメンバーだ。
エアロックを出てアレンを探したが、この広いデッキだ、どこにいるのか探すのに苦労すると思ったが、アレンの愛機のジムキャノンの足元にアレンのノーマルスーツを見つけた。
「アレン隊長」
メカニックと話をしているアレンに呼び掛けると、アレンはこちらに流れてくるシンジに気付いた。
「よろしく頼む」的なことを言ってメカニックを下がらせたアレンは、シンジが側にくると
「話せるのか?」
「はい」
アレンは顔と目をブリーフィングエリアに向け、そちらに向かって流れた。
ブリーフィングエリアに入ると、しばらく沈黙が続いた。
本来はシンジから話しかける立場なのだが、何から口にすればいいかわからない。
そんなシンジの気持ちを汲み取って、アレンはシンジが発するまで待った。
そしてシンジは口を開いた、
「シンジ・アラタ少尉、1月1日付で第802独立試験部隊に中尉として編入することになりました」
やはりこれしかなかった。
「今までご苦労だったな、9ヶ月という短い期間だったが、シンジがいたからこそ隊もまとまったと思っている。ありがとう」
アレンは率直にシンジに対して感謝の気持ちを述べた。
「そ、そんな。自分は何もできませんでした。アレン隊長やみなさんのおかげでここまでやってこれました。自分こそ感謝の気持ちでいっぱいです」
「本当に何もできなかった奴は無いもできなかったなんて言わないぞ」
「...」
一瞬シンジは戸惑った。アレン隊長が...冗談??
「いえいえ、本当ですから」
シンジは変な汗をかいて両手を振って否定した。
「ははは、冗談だよ」
珍しく声を出して笑うアレンに、少し気持ちが和んだ感じがした。
アレンもそれを狙ってのことだったのだろうが、ちょっと間が悪かったか。
「ともかく、我々のことはいい。問題は...」
「はい、わかっています」
「彼女のこと、どうするつもりだ?」
「今はまだ、お互い今の立場を変えることはできないと思っています。彼女も軍人です。それは分かっているという理解でいいと思います」
「そうだな。あれで階級を持った軍人だからな」
そう、サラは目立ってそのような感じは見せないが、彼女は立派な軍人なのだ。階級は上等兵。普段は白衣をまとっているが、その下にはちゃんと制服をきている。だが白衣のイメージが強いサラを軍人扱いする人はほとんどいないだろう。それほど『看護師』としてのサラのイメージが強いのだ。
「はい。ですから、自分は大丈夫だと思っています」
「分かった。じゃあアルバトロス隊にもここに集まるよう連絡してくる」
と言ってアレンはブリーフィングルームから出て行った。
アルバトロス隊全員このルームに集合するよう呼びかけるアレンの声がモビルスーツデッキに響いた。
しばらくすると、ぞくぞくと集まってきて、全員集まったところで、まずはアレンから報告する。
「シンジ少尉だが、年内でアルバトロス隊を離れる事になった。次の所属はジャブローの第802独立試験部隊だ」
実に単刀直入過ぎて、皆んな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
更に間髪入れず
「シンジ、お前からも一言言ってみろ」
どんどんぶっ込んでくるアレン。
「あ…えーっと…急な事で驚かせちゃったけど、俺も驚いています。でもこの隊に在られた事は本当に良かったし、人間としてもパイロットとしても大きくレベルアップできたと思っています。今度は地球で勝手も違うかもしれないけど、ここでの経験を活かして頑張るので、皆んなも頑張ってください。今までありがとうございました」
シンジは深々と頭を下げた。日本人なら当然の礼儀だ。
皆んなでシンジに駆け寄り様々に声をかけるが、一気に声をかけられて戸惑ってしまう。
見かねたアレンが皆んなを制した。
「まぁ待て。シンジもさっき辞令を受けたばかりで気持ちの整理も付いていないんだ。まだ時間はある。またゆっくり話しをすればいい。今日はここまでだ。皆んな持ち場に戻るんだ」
アレンの言う通り一旦引く事にした。
各々ブリーフィングルームを出ていくと、アレンもその後から出ようとしたので、
「ありがとうございました」
アレンの背中に敬礼をした。
アレンは振り返らず右手を上げて応えて、ジムキャノンの方に流れて行った。
「ふぅ」
シンジは一つため息を吐きブリーフィングルームを出ると、ジョージとアリスがいた。
「シンジ…」
ジョージは半分泣きそうだ。
「ジョージ、またゆっくり酒でも飲みながら話そ」
ジョージの右肩をポンっと叩く。
「サラはどうするんだ?」
「俺たちは軍人だぞ」
「それって…」
「ジョージ、二人のことは二人で決めればいいの、今夜はクリスマスイブなんだし。じゃあシンジ、またね」
アリスはウインクをして、ジョージを抱きかかえながら、元いた持ち場に戻って行った。
「そうか、今夜はクリスマスイブだったな」
シンジはおもむろに天を見上げると、モビルスーツデッキの無骨な天井が目に入った。
【第十八話】クリスマスイブ に続く。
2021年12月24日18時更新予定
※次回はタイトルに合わせて金曜日の夕方に配信します。
是非読んでください。
【注記】この物語はフィクションであり非公式です。また、公式には出てこない機体も登場したり、一部独自の設定があるなど、パラレルワールド的な物語である事をご了承ください。