機動戦士ガンダムAfterwar~戦後の戦士たち~
【第十九話】地球へ
ホーネットのカタパルトからストームブリンガーが発艦された。
隊長のアレン機とミック機は既に発艦されている。
グリニッジ標準時、あと1時間程で宇宙世紀は0081年を迎える。それは、ジオン独立戦争が終戦を迎えて1年が経つことにもなる。
「まもなく日付が変わります。来ますかね、ジオンの連中」
「俺たちが待ち構えていることは奴らにも分かっているはずだ。このまま監視をしていれば奴らも攻めては来ぬよ」
アレンとミックのやりとはシンジの無線にも入ってくる。
日付の変更と同時に黙とうをささげることを各コロニーの首長達が宣言していた。
宇宙全体が祈りを捧げている間にジオンが攻めてくることも考えられる。アルバトロス隊はパトロールのためサイド6に出向いていた。
開戦時から中立を守っているサイドのためサイド3と並んで被害が少ないサイドではあるが、戦争も終わり正規軍でなくなったジオンにとっては中立も何も関係なくなったこともあり、一番の標的となる可能性のあるサイドでもあった。
三機は予定地点でそれぞれ待機する。
ミノフスキー粒子はほとんど散布されていないため、レーダーも無線も生きている。
この状況なら所属不明機が接近してくればすぐ気付けるし、ミノフスキー濃度が濃くなったら尚更だ。
アレンの言う通りジオンが攻めてくる可能性は極めて低い言える。
とはいえ警戒は怠らない。不測の事態が起きた場合にはすぐ対応しなければならない。
シンジは静かに時が過ぎるのを待った。
そして、時計の針は午前0時を示した。
宇宙全体が沈黙に包まれる。
もちろんパイロット達は黙祷は出来ないし、手も合わせられない。
それでも祈りは捧げている。
そして一分が過ぎると、今度は各コロニーから一斉に花火が上がった。死者への弔いの花火だ。
この花火についても最後まで揉めたのだが、
各サイドの強い要望によって実現された。
シンジもレーダーを見つつ花火も見ていた。
真空の宇宙で花火を上げるのにはかなりの技術力が必要だ。それでも実現できたのは、二度とあんな悲惨な戦争は繰り返したくない想いの表れなのだろう。
この花火を合図に、年明けの祝賀会が各コロニーで始まっている。
各々のコロニーの首長達が挨拶し、しばしの間、新年の幕開けを祝っていた。
そして予定通り2時になっても異常は起きなかったため、パトロールは完了した。
「帰還するぞ、いや、帰還しましょう中尉殿」
接触回線でミックが冗談めいてわざと敬語で言い直した。
「よしてくださいよ、ミック少尉!」
シンジも少し上から目線な感じの口調で返した。
「ははは、もう上官だからため口聞けないな」
「いつも通りでいいですよ」
そんなやりとりをしているうちに三機はホーネットに補足された。
宇宙世紀0081年1月5日10時00分
ルナツーの物資搬出入デッキではHLVにストームブリンガーが搬入されていた。
12時ちょうどにシンジと共に地球へ向けて出発する。
シンジはその様子を中二階の踊り場から見ていた。
「もう準備は終わったのか?」
アレン隊長だけが見送りとしてこのデッキに来ていた。
「はい。あとはストームブリンガーがHLVに搭載されれれば全ての準備が完了します」
シンジの表情はやはりどこか寂しげな感じだった。
「この九ヶ月、本当にご苦労だったな。隊を代表して改めて礼を言うよ」
アレンも柔らかな笑顔をシンジに向けた。
「こちらこそ本当にありがとうございました。お世話になりました」
シンジはアレンに向かって敬礼すると、アレンも敬礼で返した。
「やはり増員は無いのですか?」
「ああ、そうみたいだな。むしろ四月からまた連邦の体制が変わると言う話があるみたいだから、それに伴って隊の解散もあり得るらしい」
この情報はシンジは初耳だった。
アレンもまだ他の隊員に話していない。
「本当なのですか?」
シンジは驚きを隠せなかった。
「隊の解散まではまだ分からないが、何かしら動きがあることは間違いないだろうな」
アレンはシンジと目を合わせないまま話を続けた。
「お前の今回の異動も新しい体制の準備のためなのかもしれないな。モビルスーツの開発による連邦の新体制の構築を伺っているのかもしれない」
パッとシンジの方を向いて
「すまない、これは俺の一個人の予想だから忘れてくれ」
「いいえ、かつてはモビルスーツに否定的だった連邦がモビルスーツを理由に新体制を構築しようとすることは納得いくところです。それだけ連邦内部に大きな動きが起きようとしているんでしょうね」
「だがこの先何が起きようと、俺たちは与えられた任務を全うするだけだがな」
「そうですね…」
シンジは何か言葉を詰まらせた感じはあったが、アレンは指摘はしなかった。シンジの心の奥底に潜めている何かをアレンは感じ取っていたからだ。
デッキではストームブリンガーの搬入が完了したHLVのハッチが閉まるのを二人は見ていた。
「終わったようだな」
「はい。でもまだ時間ありますから、今のうちに昼食を済ませてきます」
「なら俺はこれで持ち場に戻る。元気でな。隊のみんなも心配しているだろうから、落ち着いたら連絡よこすんだぞ」
「はい、ありがとうございました」
シンジは最後にもう一度敬礼し、エアロックに向かった。
11時30分
「中尉殿、いつでも乗船して頂いて大丈夫です」
搭乗員入口に控えていた輸送班の上等兵が敬礼しながらシンジに伝えた。
「ああ、ありがとう」
簡単な手荷物を持ったシンジは、敬礼で返して、HLVの搭乗ゲートから搭乗した。
輸送機であるHLVは物を運ぶ事が本来の目的であることから、人が快適に乗れる機能は備わっていない。
座席こそあれど、宿泊できるスペースも無く人はおまけ程度の扱いだ。
HLVは宇宙開発時代から使われている輸送機で地球と宇宙を行き来することができる万能輸送機だ。
それでも100年近くこの手段が使われている。一年戦争が勃発したこともあり、新しい技術の開発が進められていた。
シンジ自身も新技術の開発に携わっている身であるため、HLVを使うのもこれが最後になるだろうと、なんとなく感じていた。
そんなHLVの乗務員席のエリアに入ると、シンジの他に数名が乗船していた。
シンジ以外はジャブローとルナツーを定期便として行き来しているHLVの乗務員だ。
シンジは案内された席に座ると
「発進前にはシートベルトをお願いします」
と声をかけられた。
発進までもう数分ある。
シンジはリクライニングを少し倒して心を落ち着けた。
地球の大気圏まで約38時間、ジャブローまで44時間の長旅だ。トイレと食事はできるが基本的にはこの席で過ごさないといけないためちょっと憂鬱だ。
シンジはこういう時の時間潰しの趣味を持っていないことをいつもながら後悔した。
寝るしか無いか…。
12時ジャスト、定刻通りにHLVはルナツーを出港した。
【第二十話】ジャブロー に続く。
2021年1月8日12時更新予定
【注記】この物語はフィクションであり非公式です。また、公式には出てこない機体も登場したり、一部独自の設定があるなど、パラレルワールド的な物語である事をご了承ください。